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もぐら通信 vol.7
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世の中には何かにつけて一流、二流、三流があります。
出張先で夜、一人でテレビをみていた時のことです。ふと、「これが一流か。」
と考えさせられました。
それは、「浜松国際ピアノコンクール」という将来の優秀なピアニストを育成する目的で3年に一度開催されているコンクールを映したドキュメンタリー番組でした。
世界から優秀なピアニストが参加するこのコンクールのレベルは相当なものでした。
日本人も多く参加しますが、各音楽大学のトップクラスの生徒ばかりです。予選から本選、最終審査まで全18日間のそれは緊張、緊張の連続でした。
出場者の中には、暗譜にミスがないかどうか気になり、夜中に何度も飛び起き、楽譜を確認している間に夜が明けてしまったとか、通常の食事はのどを通らず、栄養ドリンクが食事代わりで、ついには10kgもやせてしまった人など、並大抵のことではありません。
審査では技術力、表現力、芸術性、独創性など、あらゆる観点から実力を問われます。
本選はオーケストラとの競演で、ここではさらにこのオーケストラとの調和もポイントになります。
どの演奏も素晴らしく、本当にアマチュアと思えないくらいのハイレベルです。
誰が優勝してもおかしくないくらい混戦でした。
しかし、最終審査の結果、グランプリは該当無しでした。
なぜ、該当無しだったのか。
審査委員長の中村紘子さんによると、ただ「グランプリに該当する人がいなかったからです。」
とあっさり・・・。
グランプリとは相対的なものですはなく、一定の水準を有する人であるというのです。
では、グランプリの水準とはどのようなものかというと、3次予選も含め、今大会で一定の水準をコンスタントに発揮出来ることだと。
ある曲ではとても素晴らしかったが、他の曲はそれほどでもなかったとか、本線での演奏は素晴らしかったが、予選でのレベルはそれに比べ今一歩であったとか、波があってはグランプリの資格はないのです。いかなる状況であっても、ある一定以上の力=実力を発揮出来ることが一流、プロの条件だというのです。
私はこのコメントを聞いてなるほどそうかと思いました。
仕事の面でもその通りだなと。
「時間があれば出来る」「体調がよければ」などと言うのは、ニ流以下の証だと。
時間がなくても、体調が思わしくなくても、いつでも、どんな仕事であろうと、ある程度の水準を満たした仕事が出来ること、それが一流なのだと、妙に納得してしまいました。
また人間性の面でも然り。
上司やお客様には愛想良くしたり、自分の部下や直接関係がなさそうな人にはそっけないとか、自分に余裕がある時は明るく、元気だが、忙しい時は無愛想だったり・・・。人間ですから、当たり前といえば当たり前にあることですが、一流の人は違います。
現に私たちがお付き合いさせていただいている方で、これはまさしく一流だと思う人がおります。
どんな状況でも、いつも笑顔で、「大丈夫ですよ。」と常に明るく前向きです。その方からはいつも心のゆとりと勇気を貰います。そしてみんなこの人が大好きです。その方の周りには笑顔が溢れています。一流の人は良い空気を作ります。
これは、先ほどのピアニストの例でも同じだと思います。一流のピアニストは、音楽を通して、常に、人に喜びや感動、ゆとりや勇気などを与えています。
一流であること。これは人に感動を与えます。
感動、それはまさしく相手の心を動かすことです。
私もそうですが、目指そうと思ってもなかなか一流の人のようにはいかないものです。
なぜ、いつもあの人は明るく笑顔でいられるのかな?どうしてあの人はいつもいい仕事するのかなと。
きっと私とは生まれ持ったものが違うのかと都合のいい言い訳をしそうになる時があります。
しかし、いづれでもなく、一流の人は他人には見えない努力やプレッシャーなど、自分とは比較にならない厳しい状況で戦っているものです。
このままでいいや、なんて思わずやはり自分なりの一流を目指したいものです。そして一流の人に会った時はそっとその隠れた努力に敬服し、少しでも見習いたいものです。
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※レポート部分のみを抜粋して掲載しております
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